売りたい 2025年10月14日 59

スタートアップのエンジニア人件費:売上原価と販管費の適切な区分方法

投資家が評価する「ちゃんとした」会計処理とは?エンジニアの人件費を開発費(売上原価・ソフトウェア資産)と保守費(販管費)に適切に区分する方法を、実務的な管理方法と仕訳例を交えて解説します。

スタートアップの人件費計上:開発費と保守費の適切な会計処理

投資家が見るポイント

スタートアップの事業計画や決算書を見る際、投資家やアドバイザーが「ちゃんとしている」と感じるポイントの一つが、エンジニアの人件費の計上方法です。

スタートアップの事業計画を拝見した際、業務委託含むエンジニアの人件費のうち開発分を売上原価(orソフトウェア資産)、保守分を販管費に計上していたら「ちゃんとしてる」と感じますね。

正社員分は勤怠管理の証跡と紐づいていたらパーフェクト。

@taka_startup

この記事では、なぜこの会計処理が重要なのか、どのように実装すればよいのかを解説します。

なぜ人件費の区分が重要なのか

1. 事業の収益性を正しく把握できる

エンジニアの人件費を適切に区分することで、事業の真の収益性が見えてきます。

開発費を売上原価に計上する場合:

  • 粗利率が正確に計算できる
  • プロダクト開発にかかる真のコストが明確になる
  • 投資対効果の測定が可能になる

保守費を販管費に計上する場合:

  • 運営コストとして正しく認識できる
  • 事業のスケーラビリティが評価しやすくなる

2. 投資家への説明責任

投資家は、スタートアップの財務状況を正確に理解したいと考えています。人件費が適切に区分されていることで:

  • 信頼性の向上:会計の基本ができている企業として評価される
  • 比較可能性:他社や業界標準との比較がしやすい
  • 将来予測:事業計画の精度が高まる

3. 上場準備やM&Aに向けて

将来的にIPOやM&Aを目指す場合、会計処理の適正さは重要な評価ポイントになります。早い段階から適切な処理を行うことで:

  • デューデリジェンスがスムーズに進む
  • 過去の修正作業が不要になる
  • 企業価値評価が正確になる

開発費と保守費の区分基準

開発費(売上原価 or ソフトウェア資産)

以下のような業務は「開発費」として計上します:

新機能の開発

  • 新しいサービスや機能の実装
  • 既存機能の大幅な改修・リニューアル
  • アーキテクチャの変更

要件定義・設計

  • プロダクトの企画・設計
  • 技術仕様書の作成
  • データベース設計

テスト・品質保証(開発に紐づくもの)

  • 新機能のテスト
  • リリース前の品質確認

保守費(販管費)

以下のような業務は「保守費」として計上します:

運用・保守作業

  • サーバーの監視・メンテナンス
  • バグ修正(軽微なもの)
  • セキュリティパッチの適用

顧客サポート対応

  • 問い合わせ対応のための調査・修正
  • データの確認・修正作業

インフラ管理

  • サーバーやクラウドの管理
  • パフォーマンスチューニング

ソフトウェア資産として計上すべき場合

開発費の中でも、以下の条件を満たす場合は「ソフトウェア資産」として計上し、償却していきます。

資産計上の要件

  1. 販売目的のソフトウェア

    • SaaSプロダクト本体の開発
    • 顧客に提供するアプリケーション
  2. 自社利用のソフトウェア

    • 将来の収益獲得または費用削減が確実
    • 完成品として利用可能

資産計上のメリット

  • 一時的な費用負担が軽減される
  • 資産として貸借対照表に計上される
  • 投資家に対して「投資」として説明できる

資産計上の注意点

  • 償却期間の設定(通常3〜5年)
  • 減損リスクの評価
  • 会計監査での説明責任

実務的な管理方法

1. 工数管理システムの導入

エンジニアの業務時間を正確に把握するために、工数管理システムを導入します。

おすすめツール:

  • Jira:チケット管理と工数記録が連動
  • Toggl Track:シンプルな時間記録
  • Teamwork:プロジェクト管理と工数管理
  • freee工数管理:会計システムと連携

2. プロジェクトコードの設定

開発案件ごとにプロジェクトコードを設定し、工数を紐づけます。

例:
- DEV-001:新機能A開発 → 売上原価
- DEV-002:機能B改修 → 売上原価
- OPS-001:サーバー保守 → 販管費
- SUP-001:顧客サポート → 販管費

3. 業務委託契約の管理

業務委託エンジニアについても、同様に工数を記録します。

契約書への記載例:

  • 月次で作業内容の報告を受ける
  • 開発作業と保守作業を区分して報告
  • タイムシートの提出を義務付ける

4. 正社員の勤怠管理との紐付け

正社員については、勤怠管理システムと工数管理システムを連携させます。

実装のポイント:

  • 日次または週次で工数を記録
  • 勤怠データと整合性をチェック
  • 月次で集計して会計システムに連携

証跡として残すべき情報:

  • 日付・時刻
  • 作業内容
  • プロジェクトコード
  • 承認者の確認

会計仕訳の実例

ケース1:新機能開発(売上原価)

借方:売上原価(開発費) 1,000,000円
貸方:給与(または外注費) 1,000,000円

ケース2:ソフトウェア資産計上

【開発時】
借方:ソフトウェア 5,000,000円
貸方:給与(または外注費) 5,000,000円

【償却時(年間)】
借方:ソフトウェア償却費 1,000,000円
貸方:ソフトウェア 1,000,000円

ケース3:保守作業(販管費)

借方:販管費(保守費) 500,000円
貸方:給与(または外注費) 500,000円

よくある質問

Q: 開発と保守の区分が曖昧な作業はどうすれば?

A: 基本的には「新規性があるか」で判断します。既存機能の維持・修正は保守、新しい価値を生み出す作業は開発として区分します。判断が難しい場合は、保守として計上する保守的な処理を推奨します。

Q: 工数記録が負担になりませんか?

A: 初期は負担に感じるかもしれませんが、慣れれば1日5分程度で記録できます。また、プロジェクト管理の透明性が向上し、チーム全体の生産性向上にもつながります。

Q: 業務委託の場合、契約書に何を記載すべき?

A: 「作業内容の報告義務」「工数記録の提出」「開発業務と保守業務の区分」を明記します。月次での報告書提出を契約条件に含めることを推奨します。

Q: 過去に遡って修正は可能ですか?

A: 可能ですが、証跡が必要です。当時の作業記録やメール、GitHubのコミット履歴などを元に、合理的に推定して修正します。ただし、早めに適切な処理に切り替えることを推奨します。

段階的な導入ステップ

フェーズ1:現状把握(1ヶ月目)

  1. 現在の人件費計上方法を確認
  2. エンジニアの作業内容をヒアリング
  3. おおよその開発・保守比率を把握

フェーズ2:管理体制の構築(2〜3ヶ月目)

  1. 工数管理ツールの選定・導入
  2. プロジェクトコードの設計
  3. エンジニアへの説明と研修
  4. 試験運用の開始

フェーズ3:運用開始(4ヶ月目〜)

  1. 正式運用の開始
  2. 月次での集計と会計処理
  3. 定期的な見直しと改善

フェーズ4:証跡の整備(並行実施)

  1. 勤怠システムとの連携
  2. 承認フローの整備
  3. ドキュメントの作成

まとめ

エンジニアの人件費を適切に区分することは、スタートアップの財務管理の基本であり、投資家からの信頼を得るための重要なポイントです。

重要なポイント:

  1. 開発費と保守費を明確に区分する
  2. 工数管理システムで証跡を残
  3. 業務委託も含めて管理する
  4. 正社員は勤怠と紐付け
  5. 段階的に導入していく

完璧を目指す必要はありません。まずは大まかな区分から始めて、徐々に精度を上げていくアプローチが現実的です。

財務の透明性は、資金調達やM&Aの場面で必ず評価されます。今のうちから適切な会計処理を実践し、「ちゃんとしている」スタートアップとして認識されることが、長期的な成功につながります。